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Nāmāhoe vol.2ーカ…

Nāmāhoe vol.2ーカヌーをつくるその意味

2021.07.19

カウアイ島の航海カヌー、Namahoe(ナマホエ)お披露目の日。祝福の雨がふり、虹が空を渡っていた。そこには大きな存在に祝福され、見守られる人間たちの姿があった。

カウアイ島の航海カヌー、Namahoe(ナマホエ)お披露目の日。祝福の雨がふり、虹が空を渡っていた。そこには大きな存在に祝福され、見守られる人間たちの姿があった。

2016年、9月7日、Nāmāhoeのリーダーの一人であるデニス・チャンに末娘が誕生した。その娘の誕生日の数日後、17年かけて建造したNāmāhoeが進水した。時に「無理なのではないか」と感じられたこのカヌーの誕生が、現実となったのだ。ハワイ諸島そして太平洋諸島から集まったカヌーの家族たちに見守られる中でNāmāhoeが海に産み落とされた。その瞬間、祝福の雨がふり、虹が空を渡っていた。そこには大きな存在に祝福され、見守られる人間たちの姿があった。


photo by Kaipo Kiaha – ‘Ōiwi TV”

2016年9月11日、一般の人たちへのNāmāhoeお披露目の日。カウアイ島カラパキビーチはその誕生を祝うために集まった人たちで埋め尽くされていた。フラや音楽に溢れたその盛大な祝福の場には、この17年間のどこかでNāmāhoeの難産に関わり立ち会った多くの人々とその誕生を見守りたいという人たちの姿があった。「私もこのカヌーの建造に関わった」という誇らしげな顔をしたひと。いつもカヌーの作業場を車で通るたびに、いつできるのかなと待っていたひと。中学生の時に作業に関わったというひと。また子供に航海カヌーを見せたかったという家族連れの人たち。その日そこにいる何百人もの人がこのNāmāhoeというカヌーを通じてつながっていた。


photo by Kaipo Kiaha – ‘Ōiwi TV”

現在Nāmāhoeは遠距離の航海に備えるためにドライドックにはいり大規模な修理作業がはじまっている。進水式前後はたくさんの人たちが作業にきていたが、最近は歳を重ねた70代の核のメンバーだけで作業なんていう日も多くある。それでもリーダーたちは淡々とユーモアをもちならがやるべきことをやっていく。カヌーが可能にしてくれる体験をいつか島の人たちに提供できるように。リーダーたちは町を歩いているとしょっちゅう「Nāmāhoe陸に上がっているけどどうしたの?」などの質問をうける。時には昔うけたちょっと皮肉っぽい「(進水後大した航海もせず)もう陸にあげちゃったの?」みたいなコメントも受ける。そんな時彼らはこれまでと同じ笑顔で状況を説明しながら「いつもの場所でいつもの時間(土曜日)に作業しているからいつでもおいでよ」なんて返事している。

プロジェクトの進め方という点でいえば素人で、完璧ではないかもしれない。でも、ホクレアの航海を通して自分たちが体験し学んだことをカウアイの子供達も体験できる機会を作りたい、その想いだけで不器用にでも真っ直ぐに進んできた。はたからみ見ていると、よくあきらめずに続けるな、と思うこともある。そのたびに、やはり彼らはVoyagerなのだということを思い出す。VoyagerはWayfinderとしてだれもが見える地図を頼りに進むのではなく、水平線の先にある島を心に見据え、人間や人間を越えた大きな存在を含む自然を舞台に繰り広げらる関係生の中から道を見出していく。見えない島に向けてたくさんの嵐や凪を越えながら。「待つということ」、「大きな存在に時に導かれるということ」、「目的を常に見失わないこと」、「目の前にあることをしっかりやっていくこと」。航海で鍛えられたVoyagerとしてのあり方。それがあるからこそ、目的地をしっかり心の目でとらえ、焦らず、目の前のやるべきことに集中できるのだろう(ユーモアと音楽をお共に)。

大海原を太平洋の航海者たちは昔から、島の「健やかさ」にとって大切なもの、必要なものは何かを察知し、それを求め航海してきた。航海は決して「自分」のためでなく、「わたしたちの」ためにある。不思議とこれまで一度も、70代になったコアのメンバーたちから自分たちが20年間かけて作ってきたこのカヌーにのって航海したい、という強い想いを聞いたことがない。彼らが見据えているのは自分たちではなく、その次、そしてこれから島に生まれてくる子供たち、そしてそのまた子供たちの存在なのだろう。伝統航海カヌーに関わっている人たちと共にいると、航海は「わたしたち」の定義、つまり私たちの命のつながりを広め深めてくれるのではないかという気がしてくる。カヌーを通して、わたしたちそれぞれの命が過去から受け継がれたものの基盤の上にあり、そして、ご先祖さまに導かれていることに気づく。そして、また自分たちが未来の世代にとってのご先祖であることを自覚し、次に大切な何かを渡していく。そんな長い時間の流れの中に自分たちのいのちをとらえ、自分たちに与えられた責任(Kuleana)を果たしていく。


photo by Kaipo Kiaha – ‘Ōiwi TV”

Nāmāhoeのこれまでの歩みそしてそのリーダーたちのありかたをそばでみていて感じるのは、その道のりの長さと時間の分、Nāmāhoeは多くの人たちと出会い、多くの人たちを巻き込みきたということ。そしてその分、多くの人たちにの心の中に、Nāmāhoeが気になる存在としてあり続けている。誕生までに17年もかかったということもできる。でも、17年という年月をかけたからこそ存在するNāmāhoeを通した関係性があるとも言える。もし当初の予定通り1年でカヌーができていたら、そこにはどんな関係性が広がっていたのだろうとふと思う。

ナマホエシリーズ2ではナマホエがこの13年間つむいできたカウアイと日本の繋がりのストリーを紹介したい。

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