才ある日本人がジッピーズ・レストランをパワーアップ

2020.03.11

ハワイのローカルファミリーレストラン「ジッピーズ(Zippy’s)」には多くのベテラン従業員が働きますが、その中に製パン工場マネージャーのホンタケ・ヒデ、カハラ寿司の伊藤 俊也、パールシティ店寿司バーの中村 吉弥の3人の日本人職人がいます。日本生まれ日本育ちの彼らは、品質への厳しい姿勢と強い職業倫理を頑なに守りながら、それぞれの豊かな経験と才能をジッピーズに注いでいます。

ナポレオンベーカリーで販売されている製品のほぼすべてが製造されているワイパフのフードソリューションインターナショナルファクトリーに勤務する ヒデ ホンタケ( 本武秀嗣 )は、長い経験を持つパン職人です。九州出身の彼は、1979年に広島のタカキベーカリー本社に就職し、パン職人としてのキャリアをスタートしました。1981年に日本パン技術学校に入学。そこで本格的な訓練を受けます。その後、東京にあるタカキベーカリーの人気姉妹店「三井アンデルセン」に勤務。間もなくサンフランシスコへの転勤が決まり、同社の海外5店舗開店に尽力しました。 ヨーロッパ各地でしばらく市場調査後 の7年間後、技術研究職拝命のために広島に戻りますが、アメリカでの生活が忘れられず 結婚後再び 渡米。ほどなくグリーンカードを取得します。1991年からサンジェルマンに勤務し、1999年に日本の本社への転勤の辞令が出たことを機にハワイに残ることを決心。ジッピーズ・ナポレオンベーカリーに就職し、新たな道を歩み始めました。以来20年余りにわたり、ジッピーズの製パン工場のマネージャーとして州内の全店で取り扱われている美味しくてしかもお手頃なケーキ、パイ、ペストリーの製造を監督しています。

カハラ寿司の伊藤 俊也は、沖縄県浦添市出身の寿司職人です。アク釣り漁船で働くためにハワイに移住した漁師の父を追って、まだ10代であった1975年にハワイにやってきました。1977年にマッキンリーハイスクールを卒業。1年間「やぐらレストラン」で皿洗いをした後、日本に帰国して銀座の割烹料理店「次郎長」の厨房で働きます。その経験を通して調理への関心に目覚めた彼は、1年後再びハワイに戻り「いで田」に就職。そこで寿司作りを学ぶチャンスに恵まれます。その後、今は暖簾を下ろしている「百亭」と「京や」で腕に一層の磨きをかけ、2007年、新しくオープンした「ノブ・ワイキキ」へ。そして1年半後の2008年にジッピーズ・カハラ店に転職しました。以来11年余りにわたり、カハラ寿司でホノルルの高級寿司店に肩を並べる上質のネタを使った寿司を握っています。

ジッピーズ・パールシティ店の寿司シェフ中村 吉弥は、鹿児島県の調理学校いずみ調理で調理師としての訓練を受けました。卒業後東京に移り「ニシナ」そして「アイマル」に勤めた後、ニューヨークへ。直後の1984年に、ノースカロライナ州ローレーのレストラン「歓喜」に同市初の寿司バーをオープンすべく移住しました。5年後ワイレアのルネッサンス・ホテル勤務が決まりマウイ島へ。そこからD.K.コダマが経営するカパルアの「サンセイ・レストラン」に移り、同店がオアフ島に進出したことを機にワイキキ店に転勤。そして2004年にジッピーズのチームに加わりました。勤続15年を迎えた彼は、今も変わらずお手頃で親しみやすい寿司を西オアフの人々に提供しています。ときには日本から取り寄せた特注醤油を通に出したりもします。

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