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ホクレアが教えてくれたこと: …

ホクレアが教えてくれたこと: 池田恭子氏 Vol. 02

2021.07.05

ハワイに暮らし、航海カヌーに関わりながら、「健やかさ(sense of wellbeing)」そしてハワイを通して見えてくるこれからの生き方について発信をしている、池田恭子氏。2007年航海直後に書いたホクレア航海回想録をお届けします。

ハワイに暮らし、航海カヌーに関わりながら、「健やかさ(sense of wellbeing)」そしてハワイを通して見えてくるこれからの生き方について発信をしている、池田恭子氏。2007年航海直後に書いたホクレア航海回想録をお届けします。

池田恭子氏 プロフィール

海の素人ではあるが、2007年のホクレア日本航海に通訳・教育プログラム担当で乗船。その経験を経て、「わたしたちの健やかさはどこからくるのか」という問いをもちながら、日本とハワイをつなぐ学びのプログラムを共創する仕事に携わる。現在はカウアイ島で子育てをしながら、大学で国際プログラムのコーディネーターの仕事をする。カウアイの航海カヌー「ナマホエ」にも家族ぐるみで関わっている。ハワイに暮らし、航海カヌーに関わりながら、「健やかさ(sense of wellbeing)」そしてハワイを通して見えてくるこれからの生き方について発信をしている。

この記事は2007年航海直後に書いたホクレア航海回想録から抜粋。

心に残る風景

いよいよ航海が始まる。福岡出航は明け方の3時ころ。こんな時間にもかかわらず多くの人が見送りにきてくれた。出航の日、私たちに悲報が届いた。ホクレアの初代キャプテンであるKawikaさんが亡くなられたのだ。出航前、雨が降る中、Kawikaさんへの祈りが捧げられた。祈りを司るカイマナは空に高くそして深く響く声でハワイ語の祈りを捧げた。雨と一緒にクルーの頬には涙がつたっていた。その後行われた出航のお祈りは、クルー全員そして見送りにきてくれた人全員で手をつないでおこなわれた。雨の中涙を流しながら祈りを捧げるハワイアンたちをその場にいた子ども達はじっとみつめていた。午前中は桟橋を走り回っていたこどもたち。いまはお母さんにしがみつきながら、目の前で起こっている光景をひしと目を見開いてみていた。彼らが目にした光景は、かれらに何を残すのだろうか。あの目を私は忘れることはないだろう。驚きと、畏怖、そしてただただ吸い込まれるように目の前で起きていることを見つめる小さな瞳。後日、このお母さんから手紙をもらった。「今もカウィは腕にホクレアのtatooを入れてますよ。(マジックで描いた、ね。)」4歳の男の子の心にも確実にホクレアの何かが響いていた。

ホクレアに乗っての航海が始まった。早朝の出航後、まず私のグループが見張り当番。すべてが手動で行われるホクレアではやるべき事がたくさんある。わたしはまだ何をすべきか分らずキャプテンの言うことを黙々とこなした。雨が降り、カヌーが左、右、と大きく揺れ、屋根のないホクレアでは水しぶきが甲板をぬらす。寒さをしのぐため何重にも服を重ね、かじかむ足に、長靴をもってこなかったことを後悔する。一瞬、「なんでこんな思いまでして航海にでるのか」という想いが頭をよぎる。ホクレアでは3メールほどある大きなオールを使って舵をとるのだが、海流の強い日本近海では、3人でオールを支えないと、カヌーが大きく海の道からずれてしまうことがある。体全体を使ってオールを支え、時には、大きく舵を切る。そんなことをしているうちに空が白んでくる。料理担当者が朝食を作る。次の見張り当番のグループが起きだしてくる。朝のこの時間は、みな口数少なく、ただただ、海を眺めることが多い。太陽が昇ってくる。見張り番のグループでない人も起きだしてきてカヌーの上に活気が出てくる。仕事のない人は、それぞれおもいおもいの場所に腰を下ろし、写真をとったり、日記をかいたり、談笑している。太陽がだんだん高くなり、気温も上がってくると雨と夜露でぬれた洋服をかわかすものも出てくる。自然発生的に誰かがギターを弾き始める。そうするとそのハーモニーにそっと重ね合わせるように、ウクレレを弾くもの、歌をうたうものがでてくる。海が穏やかなときは、このようにカヌーの上には音楽が絶えない。

ホクレアのクルーがカヌーを訪れる人たちによく、「カヌーの上では、ナビゲーターがお父さんで、カヌーがお母さん。そしてクルーは兄弟。」という話をする。最初にこの話を聞いたとき、私は、「ふーん」と聞き流していた。ぜんぜん実感がわかなかった。

海が穏やかなある日、また自然発生的にだれかが歌をうたいはじめた。わたしはその時見張り番でなかったので、カヌーの上のお気に入りの場所でよこになりながら、うとうとしていた。カヌーが左、右にとゆっくり揺れるのを感じながら、ものすごい幸福感と安心感につつまれた。その時、よくクルーがいっていたあの言葉の意味を感じたのだった。「カヌーの上では、ナビゲーターがお父さんで、カヌーがお母さん。そしてクルーは兄弟。」カヌーの上でこうやって横たわって波を感じていると、まるでお母さんに抱かれているかのような心地よさを覚える。そして、深いとこから湧き出てくる安心感は、ナビゲーターであるお父さんがわたしたちの乗るカヌーを目的地まで導いてくれる、という信頼感があるからだった。エンジンもGPSも積まない小さなカヌーに乗りながら、わたしはこれまでにないくらいの安心感に包まれていた。

5月27日、広島に向かって瀬戸内海をゆっくり航海している。

黄砂。すべてに靄がかかって見える。ナビゲーターのナイノアがひとりぼそっと「これは10年前にはなかった光景なのか」とつぶやく。これまでに経験したことのない自然現象、環境の変化、これは、自然現象をたよりに進路をとり、進んでいく伝統航海術にどんな影響を与えるのだろうか。黄砂で方向を教えてくれる太陽がみづらい。温暖化で天候が変わり、海流が変わると、海流の流れや海のうねりをたよりに方向を読む伝統航海術にはどんな影響があるのか。

黄砂で一面灰色の空を映して鏡のような海では、水銀のような不気味な光が、あらゆるものはじくような皮膜を作り上げている。環境が変わる。そしてその時、何が失われてしまうのか。

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