レジェンドサーファーの紹介

2022.11.05

Montgomery “Buttons” Kaluhiokalani モンゴメリー・”バテンス”・カルヒオカラニ

©Jeff Divine

波に乗りながら360度の弧を描く大胆なマニューバーを決めるなど革命的なスタイルを確立し「現代サーフィンのイノベーター」として一斉を風靡したレジェンドサーファー。ハワイ州オアフ島にて陸軍軍人の父とハワイアンの母の間に生まれ、7歳でワイキキでサーフィンを始める。ハワイの伝統的な木製サーフボード、パイポ・ボードを乗りこなし、仲間とともにサーフボードの可能性を追求しながら、1970年代からは積極的にコンテストシーンでも活躍。現役引退後は、サーフィンを通して障害者支援を行う「アクセス・サーフ・ハワイ」にボランティアとして参加するなど、アロハ・スピリット溢れる人柄は、サーフィン界だけでなく多くの人々の人生に影響を与え、2013年に没後も残された家族によって彼の思いは引き継がれ、ネイティブ・ハワイアン・コミュニティへの支援活動などが続けられている。

主な実績・記録
1973年:カリフォルニア州、マリブで行われたUS Championshipsにてアマチュア部門で2位
1975年:オアフ島ノースショア、サンセットビーチで行われたプロ・クラス・トライアルズにて3位
1979年:カリフォルニア州、マリブで行われたマリブ・プロにて優勝
1979年:オアフ島ノースショアで行われたパイプライン・マスターズ、サンセット・ワールドカップに参戦
1981年:オアフ島ノースショアで行われたパイプライン・マスターズにて3位
1981年:ペルー、リマにて行われたPeru International Surfing Championshipsにて優勝

https://lovelikebuttons.com/


Duke Kahanamoku デューク・カハナモク (1890.8.24-1968.1.22)

画像提供:DUKE KAHANAMOKU®, Malama Pono Inc.

「近代サーフィンの父」と称されるワイキキ育ちのデュークは、1912年と1920年のオリンピックで、水泳選手として3つの金メダルを獲得し、世界に名を轟かせた。その後も42歳までオリンピック選手として戦い、計6つのメダルを獲得。世界で最も優れた水上のアスリートであるデュークは、アンバサダー オブ アロハ(アロハ親善大使)としても活躍し、世界中にサーフィンを伝えた人物として名を残している。

サーファーであるデュークは、ワイキキ ビーチボーイズの初期メンバーの一人で、デュークと仲間たちはアウトリガー・カヌー・クラブ「フイ・ナル(HUI NALU)」を結成した。近代のサーファーとして初めて古代ハワイのサーフボードについて学んだ一人であり、かつての王族が使っていた古代のサーフボード、オロ(16フィート強、約5m。1909年当時のサーフボードの平均的な長さは6~8フィート、約1.8m~2.4m)を復活させた。トム ・ブレイクは著書『ハワイアンサーフライディング』の中で、「私にとって、デュークは最後のグレート・ ハワイアンだ。彼はこれから先、私が一人のサーファーとして、サーフィンを行う際に基準となる人物だ。」と記している。

主な実績・記録
1912年:ストックホルムオリンピック 男子100m自由形 金メダル
1920:アントワープオリンピック 男子100m自由形 金メダル
1924年:パリオリンピック 男子100m自由形 銀メダル

https://dukekahanamoku.com/

画像提供:DUKE KAHANAMOKU®, Malama Pono Inc.


Eddie Aikau エディ・アイカウ

画像提供:a “courtesy” on each photo of “Aikau Family”

1946年にマウイ島で生まれ、11歳でサーフィンを始める。1959年にホノルルに移住し、1966年ノースショア屈指のビッグウェーブ・スポットであるワイメア湾から彼の伝説が始まる。完全に海と一体化した圧倒的な存在感を見せた。デューク・クラシックでは、1966年から1974年の間に6度決勝に進出し、1977年に優勝。翌年には、ポリネシアの伝統航海術を再現するカヌー、「ホクレア」のクルーとして海の大切さ、地球を守る活動を行うため航海に出たが、嵐の中遭難し、戻らぬ人となった。ハワイでは4月1日を「エディ・アイカウの日」として制定し、エディーの功績をたたえるメモリアル・セレモニーが毎年開催されている。

主な実績・記録
1966年~1974年:デューク・クラシック決勝進出
1977年:デューク・クラシック優勝

Eddie Aikau Foundation: www.eddieaikaufoundation.org


Andy Irons アンディ・アイアンズ

1978年カウアイ島にて元競技スキー選手だった母とサーファーの父の間に生まれた天才レジェンドサーファー。持ち前の才能と恵まれた環境の中でアマチュア時代だった90年代からその実力を発揮。90年代後半にはプロツアーに参戦を始め、タヒチとカリフォルニア州ハンティントンビーチで行われたコンテストでの優勝を機に、当時不動の王座を守っていた世界チャンピオン、ケリー・スレーターの座を脅かす新世代の誕生として注目された。初めて世界タイトルを獲得した2002年から3年間は、毎年ケリー・スレーターとのトップ争いを繰り返し、「世界中どこを探しても、あれほど果敢にビッグウェーブをメイクし、小波も難なく乗りこなす技量の高いサーファーは、アンディ・アイアンズだけ」と言われたほど、彼の活躍は世界中のサーファーたちを虜にした。2010年11月に不慮の事故で亡くなった今もなお「ハワイ出身の偉大なサーファー」として多くのサーファーに語り継がれている。


Ben Aipa ベン・アイパ

1942年、カウアイ島生まれ、オアフ島ホノルル育ち。ハワイを代表するサーファー&シェイパー。22歳のときに偶然ビーチでサーフボードを拾ったのがきっかけでサーフィンと出会い、2年後には、親友のエディ・アイカウと競うためにデューク・カハナモク・インビテーショナルに参戦し、決勝へ進出するほどの腕前に上達。セミプロのフットボーラーとして活躍していたほどの体格を活かしたダイナミックなライディングから、パワーサーファーとして60年代、70年代はコンペティターとしても活躍。サーフィンを始めた同年にはサーフボードのシェイピングも始め、サーフィンのパフォーマンスレベルを引き上げたスワローテールやスティンガー、またモダンロングボードを考案し、革新的なサーフボードシェイパーとしても知られる。また、シェイパーとしてサーフボード作りを邁進する傍ら、サニー・ガルシアやベサニー・ハミルトンなど数々のトッププロのコーチングも手掛けるなど、多方面でサーフィン史に偉業を残したサーファーとして多くのローカルサーファーに敬愛される存在。

主な実績・記録
1970年:Aipa Surfboardsを設立
1972年:スワローテールボードを考案
1974年:スティンガーボードを考案
1989年:United States Surfing Championship グランドマスター部門優勝
1992年:The Surfing Hall of Fame サーフィン界殿堂入り
2000年:U.S. Championships レジェンド部門優勝
2004年:米紙サーフィン・マガジンにて歴代トップ10のシェイパーに選ばれる

https://aipasurf.com/


Laird Hamilton レイアード・ハミルトン

1964年、カリフォルニア州生まれ、ハワイ州育ちの世界的に有名なビックウェーバー。幼少期にオアフ島に移住後サーフィンと出会い、以後、持ち前の抜群の運動能力と強い精神力でサーフィンの道を極め、アクションウォータースポーツ界のパイオニア的存在として知られる。ウォータースポーツにボードスポーツを取り入れたトウインサーフィンやスタンドアップパドル、またハイドロフォイルボーディングなどさまざまな新しいウォーターボードスポーツを生み出した発明家でもある。著名なサーファーとしてサーフィン映画の出演やウォータースタントマンとしてメディアでも活躍する傍ら、自身の経験を活かした著書の発行やフィットネスと栄養学のエキスパートとしてトレーニングプログラムの推進などさまざまな分野で活動をしている。

主な実績・記録
1992年:親友のデリック・ドーナーと共にパドルでは乗り切れない巨大な波でトウインサーフィンを始める
1995年:映画、ウォーターワールドにスタントマンとして出演
2003年:映画、ステップ・イントゥ・リキッドに出演
2008年:自身の経験を活かした著書「フォース・オブ・ネイチャー(Force of Nature)」を発行

https://www.youtube.com/channel/UCjtdJruOXt_O6Z_NyhiwmSA

©Patrick McFeely

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