サウスショア/ワイキキビーチボーイズの誇り

2020.03.18

ビーチフロントに高層ホテルが所狭しと建ち並び、砂浜ではツーリスト達が常夏の太陽の光の下でリラックスタイムを過ごしている。ワイキキは世界屈指のビーチリゾートとして、多くの人々に愛され続けてきた。その人気を長年にわたり支えてきたのが、ビーチボーイズと呼ばれるサーファー達だ。そのルーツをたどることは、ワイキキの歴史を紐解くことになる。

1894年、ハワイがアメリカ合衆国に併合されると、トロピカルな気候と美しい海が着目され、メインランド向けの観光地として開発されるようになる。豪華客船で多くの観光客が訪れるようになり、その受け皿として白羽の矢が立ったのが風光明媚な王家の土地であるワイキキだった。

1901年、「ワイキキのファーストレディー」と呼ばれるモアナホテル(現モアナ サーフライダー ウェスティン リゾート&スパ)が建てられた。その宿泊者にサーフィンやカヌーなどを教えて、海の楽しさを教えたのが、ビーチボーイズの走りだった。

元祖の一人がハワイの英雄であるデューク・カハナモクだった。ワイキキで生まれ育ったデュークは、幼少のころから水泳やサーフィン、カヌーと親しんだ海の申し子だった。やがて成人すると、水泳選手としてオリンピックに出場、3大会で金メダル3個、銀メダル2個を獲得し、当時のワールドレコード を打ち立てた。さらにサーフィンを世界に広めて、「サーフィンの父」とも言われた。まさに海のスポーツを万能にこなすウォーターマンだ。ビーチボーイズの伝統は脈々と受け継がれ、現在も観光客にサーフィンのレッスンをしたりカヌーに乗せたりして、海の楽しさを多くの人々に伝えている。

ワイキキの中で一番の老舗ビーチボーイズのスタンドが、「アロハ・ビーチ・サービス」だ。デュークとともに働いていた父とカハナモク・ファミリーの2代目である母を持つ、ハリー・D・H・ロベロがボスだ。

「ワイキキは変化しているけど、オレ達は何も変わっていない。他のビーチ・スタンドでは、はクレジットカードが使えるらしいけど、オレ達はそんなのはやっていない。ほとんどが予約制と聞いたけど、ここではもちろん必要ないよ。オレ達がレッスン中だったら、終わるまで待っていればいいだろ」と、豪快に笑う。

今ワイキキは再開発の波が押し寄せ、ビーチのあり様にも変化が訪れている。しかしビーチボーイズのハワイアンらしいおおらかさと海を愛する心は変わらない。
「人に対して親切な接し方、互いをリスペクトする心が、ビーチボーイズには求められるんだ」ロベロの視線の先には、ワイキキビーチに建つデュークの銅像があった。

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