Duke Kahanamoku

Duke Kahanamoku

デューク・カハナモク

(1890.8.24-1968.1.22)

「近代サーフィンの父」と称されるワイキキ育ちのデュークは、1912年と1920年のオリンピックで、水泳選手として3つの金メダルを獲得し、世界に名を轟かせた。その後も42歳までオリンピック選手として戦い、計6つのメダルを獲得。世界で最も優れた水上のアスリートであるデュークは、アンバサダー オブ アロハ(アロハ親善大使)としても活躍し、世界中にサーフィンを伝えた人物として名を残している。

サーファーであるデュークは、ワイキキ ビーチボーイズの初期メンバーの一人で、デュークと仲間たちはアウトリガー・カヌー・クラブ「フイ・ナル(HUI NALU)」を結成した。近代のサーファーとして初めて古代ハワイのサーフボードについて学んだ一人であり、かつての王族が使っていた古代のサーフボード、オロ(16フィート強、約5m。1909年当時のサーフボードの平均的な長さは6~8フィート、約1.8m~2.4m)を復活させた。トム ・ブレイクは著書『ハワイアンサーフライディング』の中で、「私にとって、デュークは最後のグレート・ ハワイアンだ。彼はこれから先、私が一人のサーファーとして、サーフィンを行う際に基準となる人物だ。」と記している。

主な実績・記録

  • 1912年:ストックホルムオリンピック 男子100m自由形 金メダル
  • 1920:アントワープオリンピック 男子100m自由形 金メダル
  • 1924年:パリオリンピック 男子100m自由形 銀メダル
Duke Kahanamoku