【学ぶハワイ】ハワイの王族たちを通りの名から学ぼう!

2020.05.27

ハワイで街中を歩いていると、「カラカウア通り」や「クヒオ通り」、「カピオラニ・ブルバード」といったハワイらしい通りの名がつけられていますが、これらは全てハワイに存在した王族の名前なのです!
身近なところにもハワイの歴史を垣間見れるところがあるので、今日は次回のハワイ旅行に備えて、オアフ島の通りの名を見ながら、ハワイの歴史に触れてみましょう!

まずはカラカウア大通りから!

世界的にも有名なリゾート地、ワイキキ。
ハワイに行かれたことのある方は、皆さまワイキキに訪れたことがあるかと思います。ワイキキビーチに面している大通りの名が「カラカウア大通り」!

この通りの名前にも使われている「カラカウア王」について、皆さまご存知でしょうか?
実は日本とも関わりのあるハワイの王族なのです!

【カラカウア王】
ハワイ王国7代目の王で、カラカウア大通りとクヒオ通りの分岐点に王の銅像が建っています。6代目の王、ルナリロが後継者を指名せずに亡くなったため、議会で選挙が行なわれ、カラカウアはエマ王妃に大差で勝利し、1874年に王になりました。

カラカウアは、米国との互恵条約締結を成功させ、砂糖産業でハワイを発展させましたが、在任中に9ヶ月と9日にもわたる長期の「世界一周旅行」をしたことでも知られています!東洋初の訪問国となった日本での滞在は、現職外国元首の初来日として迎えられ、横浜港では21発の礼砲と、自身が作詞したハワイ王国の国歌「ハワイ・ポノイ」の演奏で歓迎を受けたのです。その後、明治天皇にも謁見し、ハワイへの日本人移民受入れを申し出て、1885年に始まる官約移民のきっかけを創ったのです!

続いてカラカウア大通りから一本入って平行したクヒオ通り

近年新しいお店やホテルが続々とオープンしたクヒオ通り。
特に最新グルメスポットやブティックホテルが人気を集めています。

そんなクヒオ通りは、「クヒオ王子」から名付けられているのです。

【クヒオ王子】
クヒオはカラカウアのお后「カピオラニ」の甥。幼年時代は王妃の養子として、ホノルルのロイヤルスクールとプナホウ校で教育を受けて育ちました。砂糖産業が盛んな時代、カラカウア王は王は若いクヒオ王子を内務省を管轄する重要なポストに据え、ハワイ王国は米合衆国に向けて砂糖の輸出を増やすべく両国間の互恵条約締結に成功しました!

しかしその後、西欧人が多くを占める砂糖農園主や輸出に携わる経営者の力が王権を揺るがすようになり、米国との併合を主張。カラカウアが亡くなった後、8代目の王、リリウオカラニ女王は、1893年に米国への併合を求める親米派に対抗出来ず、王権を放棄。リリウオカラニがハワイ王国の復活を求める活動をした結果、イオラニ宮殿へ幽閉されたことは有名な出来事ですが、実はクヒオ共和国への反逆罪で逮捕され、1年近くの収監を余儀なくされたのです。

クヒオ王子の誕生日3月26日は「クヒオデー」と呼ばれ、ハワイ州の休日に指定されています。ワイキキのカラカウア大通りでは、ビーチ沿いの銅像の前を通って毎年パレードが行われます。

アラモアナセンターもすぐ近く!ダウンタウンまで続くカピオラニ・ブルバード

アラモアナセンターやハワイ・コンベンション・センターの目の前にあり、ダウンタウンまで続く大通りがカピオラニ・ブルバード。この通りの名につけられている「カピオラニ」は様々な場所で耳にする王妃の名前です。

オアフ島を象徴するダイヤモンドヘッドの目の前にある公園も「カピオラニ公園」です!

【カピオラニ王妃】
はじめにもご紹介したハワイ王国7代目の王、カラカウアのお妃がカピオラニです。1834年12月31日にハワイ島ヒロにて生まれ、10代の頃にホノルルへ移り住みました。そして、17歳の時にエマ王妃の父方の兄弟、酋長であったベネット・ナマケハと結婚しますが、24歳で夫を亡くし、28歳の時にカラカウアと結婚しています。

カピオラニが39歳の時、カラカウア王が選挙によりハワイ王国の第7代目の王になり、王妃としての最初の公務は、ハンセン氏病の人たちへの寄付金集めでした。女性達とチャリティーイベントを開催し、多くの寄付金を集め、ハンセン氏病患者へ貢献したのです。

そして王妃のもう一つの願いは、ハワイアンという人種を守っていくことでした。自身の苦い経験から、ハワイのすべての母親達が安心して子供を産めるような施設を開設することが願いでした。王妃の願いは1890年、カピオラニ産院の開設で実現!その施設は今でもカピオラニ・メディカル・センター・フォー・ウーマンズ・アンド・チルドレンズとし、たくさんのハワイの子供達が生まれ、ホノルル唯一、子供専用の最新機器、かつ最新技術を持つ病院として機能しています。

カピオラニ王妃の誕生を祝い、毎年イオラニ宮殿では夜のツアーを開催しています。1年に一度、毎年大晦日より少し早い時期に、夜に開催されるツアーで、昼間のイオラニ宮殿とは全く違った、素晴らしい経験になります。また。当時さながらのピアノ演奏、オペラ、キャンドルをたいたコアウッドの階段、舞踏会を再現している王座の間はまるでタイムスリップしたような幻想的な宮殿内となります。

次のハワイ旅行ではぜひ通りの名にも注目!

普段何気なく通っているハワイの道にも、実は今のハワイを創り上げてきたハワイの王族たちの面影が残っているのです。
ぜひ次のハワイ旅行の際は、今回ご紹介した通り以外にも多数ハワイに貢献してきた人の名が付けられた道がありますので、通りの名にも注目してみてくださいね!
新しい気づきがきっとあるはずです!

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